• 2016.11.30
  •   友人に救われた今朝のスタート






    久しぶりにやらかした。




    スマートフォンの目覚ましを
    セットしていたのに、
    二度寝をしてしまい・・・・・・



    完璧な夢心地の中、
    友人からのLINEが入り、
    その音で飛び起きた。




    「朝早くからごめ~ん!」




    友人からのLINEメッセージ。
    時計を見ると、朝7時



    ゲゲッ!30分も寝過ごしたっ!



    ゴメンどころか、友人に感謝だわ。
    彼女からのLINEが入らなければ、
    あのまま爆睡し、息子たちは学校に遅刻、
    私も講義をすっぽかしていたかも・・・・・・



    ああ恐ろしい。





    その、私の救世主となった友人と
    たまたま、とある中学の部活の熱血顧問の話になり。



    その部活顧問は竹刀を振り回して指導をしていたと。



    いや、昔は当たり前にいたんだよ、そういうの。



    私のブログの読者さんたちは大体、同世代。
    先生に叩かれる・・・なんてのが当たり前にあった時代。




    で、竹刀というキーワードで思い出したことがある。






    中1の頃。



    先輩に戦いを挑むために。




    剣道の試合じゃなくて。





    中学入学と同時に、先輩女子たちから
    すでに目を付けられていた私。



    元々、髪の毛がかなり明るく、
    小学校の頃なんて、ハーフだとか、
    合いの子・・・と言われたり。


    この言葉、今は差別用語か。




    とにかく、群れない、髪が茶色くて目立っていて、
    先輩に挨拶しない私を、なんとかしていじめてやろうと、
    気の強い中2の数人の女子たち
    あの手この手を使い、姑息な手段をとってきた。




    ある時などは、掃除時間に中庭を掃除していた
    私の頭上から、パラパラと2階の教室からチョークが降ってきた。


    次から次へと。



    犯人はわかっている。




    そんなことで悲しむ私ではない。





    私は小さい頃から相当な負けず嫌いで、
    群れて気が大きくなる奴が大嫌い、
    集団でしかモノが言えないヤツも嫌い。

    何より嫌いなのは、いじめをするヤツ。




    そこで、私が何をしたかというと、1つ1つ、
    私の頭上に落とされたチョークを拾い集め、
    それを持って先輩のいる教室まで行き、



    「拾っとけぇ~い!」



    と、怒鳴りながら、撒かれたチョークを全部、
    その教室に投げ返した。




    パラ、パラパラパラ~と飛び散るチョーク。




    その後も、悪質な嫌がらせは続く。



    トイレの壁に、根も葉もない
    中傷を落書きされたこともあった。




    そんな中、ついに私もブチ切れた




    下校時、上履きから外履きに
    履き替えようとしたところ、なんと、




    靴に水を入れられていた。




    これにはもう我慢ならず、
    この、根性の悪い先輩女子
    対決してやろうと、竹刀を持って、
    昇降口で待ち伏せた。




    あの竹刀・・・どこから持ってきたんだろう。
    竹刀じゃなくて、棒だったのかしら。



    今ではそのあたりは定かではないけれど、
    怒り爆発したその出来事はよく覚えている。




    当然、中1の女子が一人で竹刀を持って、
    恐らくすごい形相で昇降口に立っていたら、
    何事かと中学生たちが集まってくる。




    あっという間に人だかりができ、
    ちょっとした騒ぎになってしまった。




    これでは先輩と対決なんてできやしない。



    ヤツはどこにいるんだ。





    そのうち、騒ぎを聞きつけて、担任がやってきて、
    回りを囲んでいた子どもたちはバラバラに解散させられ、
    私はその先生に連行された。




    腹が立ってしょうがないので、
    何故私がそのようなことをしていたのか話した。



    その後、先生はその主犯格と
    思われる先輩も呼びつけ、
    2人してこっぴどく怒られた。




    私は憤懣やるかたない。




    担任の先生は、このままではまずいと思ったのか、
    なんと、その根性の悪い先輩と私を一緒に
    自分の車の後部座席に乗せ、家に連れ帰られた。




    その後はどうなったのかあまり覚えていないけれど、
    あからさまな嫌がらせは減ったのではないかと思う。




    いじめを受けて、悲しくはなかった。


    悲しいのではなく、そうしたくだらない連中と
    窮屈な中学生活を送らなければならないことが、
    嫌で嫌でしょうがなかった。



    早く、こんな程度の低い世界から出たい、
    早く、こんな日本にはおさらばして、
    海外に移住してやる!と当時から思っていた。



    私が穏やかな性格だったら、
    もっと違う解決法があったかもしれないし、
    あるいは引きこもっていたかもしれない。



    怒りや悔しさを原動力として、
    「今に見てろよ」と、へこたれなかったから、
    今の私があるのかもしれない。




    後日談があり、随分と大人になってから、
    その主犯格の女子と、ある場所でバッタリ出会った。




    何事もなかったかのように、
    愛想笑いで「お久しぶり~」
    と、能天気に近づいてくる彼女に、



    「バカか」


    と思った。



    中学時代に悪行を重ねたカルマなのか、
    彼女は大人になってからもまあ、
    人を裏切り、よそ様の家庭を壊し・・・と
    やらかしていたらしい。




    こうした人間は、高校に入った時にもいた。


    高校は高校で、中学時代の私の噂を聞きつけ、
    どうやら入学してくるらしい・・・とマークしていたそうな。



    今でも覚えている。



    入学間もない頃、下校時のこれまた昇降口で、
    教室の窓から2年生の先輩から



    「死ね!」



    と怒鳴られた。




    まあ、どいつもこいつも・・・ねぇ。



    不思議なことに、中学でも女子高校でも、
    1つ上の先輩には煙たがられたけれど、
    2つ上・・・3年生の先輩からは好かれていた。




    高校ではねぇ・・・


    積み木崩しの時代だから・・・



    高1のある時、数人の高2の先輩が集団で
    私の教室までやってきて、いわゆる、
    「しめる」ってやつをしようとしたのか、
    廊下に呼び出され、態度がなってないわ、
    服装がどうたらこうたらと文句を言い始めた。



    何を言われても動じない私に先輩の方があきらめた。





    大体さ、情けないと思いなさい。


    年下の子ひとりに、寄ってたかって
    年上の女子たちが威嚇するなんてね。



    バカバカしい。



    私はというと、後輩たちから慕われていた。


    反面教師で、そうした先輩たちからは
    しっかりと学ばせてもらったからね。





    私はよく、学生たちに自分の失敗談を話す。
    高校の数学で、成績評価で「1」を取ったことや、
    大学受験に失敗したことなど。



    レールに乗っからなくたって、
    夢を追い続ければ、いつかは実現すると。




    しかし、今日のこの話は・・・




    ドン引きされるかもなぁ。




    まあ、また機会があれば話そう。










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    ドン引きかな…(゚ー゚*)

    昨日のblogの方が数段も衝撃的だけど
    ww

    って久しぶりにコメントしてみた(笑)

    Facebook
    ネタに困ったら絶対に昨日のはシェアするよww

    ジェットコースター!

    ここ数日のブログは、まさにジェットコースターですね! ひやひやしたり、ホッとしたり、そして笑い有り ???有り  (^◇^)  



    私は長男出産の時、あまりの痛さに、助産師に向かい、
    「もういいです。(お産を)やめましょう」    

    ここが重要なポイントです。 笑撃的なこの言葉!!!

    コメントありがとさん

    恵子はん、

    久々のコメント、ありがとう~。

    まさか救世主直々にコメントを頂けるとは(笑)。
    恵子はんのおかげで命拾いしたわ、ホント。

    また焼き肉食おうぜ~。

    今回は・・・

    ミヤちゃん、

    一緒にジェットコースターにお乗りいただき、
    ありがとうございました~。

    さて今回は無事に終着点に落ち着けたでしょうかねぇ。
    きれいな記事にまとめましたが(笑)。

    長男は、あの発言を知りません。しかし本当に苦しく長く、
    息も絶え絶えにそう訴えておりました(笑)。半分気がくるっていたとしか思えませんねぇ。

    旦那に後から笑い話でその話をきかされました。

    しかし、次男の時は、すでに経験した痛み。覚悟が出来ていた分、そんな発言はま~ったくありませんでしたよ~。

    ちなみに次男は出産時、3800キログラム超えてました。
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    Author:My Serendipity
    英語講師

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