• 2015.06.10
  •   アツシのこと。



    試験の採点の日々は続く・・・・・・。



    今回の中間試験、記述式なので、
    恐ろしく採点に時間がかかる。



    3択や4択問題にすれば、学生も喜ぶし
    教える側の採点も簡単なのだけど、
    やはり自分の力で文章を書く練習をしないと、
    英語はモノにならないと思うので。



    それにしても時間がかかる。



    そして、眠くなってくる。



    集中力が持続しない私は、
    すぐに大好きなアメリカン・ドラマに走ってしまう。



    ちょっと採点は休憩・・・と、
    今月からFOXで始まった
    アメリカン・ホラー・ストーリーを観ていると・・・・・・




    おおお~っ!



    私の持っている、ヴィンテージの
    GE社のラジオと全く同じのが画面に映ってる!



    テレビ01



    このドラマの舞台は1950年代。



    60年以上前のラジオなんだよねぇ。



    このラジオには思い出が詰まっている。
    だから捨てられない。



    20代の始め頃、日本に一時帰国していた際、
    鹿島の海岸にボディボードを持って一人で
    泳ぎに行き、大阪から仕事でやってきて、
    同じく海を見にきていたアツシと出会った。



    当時は私は結構、初対面の人たちに気前よく、


    「アメリカに来ることがあったら、遊びにおいでよ~」



    と、自分の連絡先を書いて渡していた。



    そのアツシと、次に会ったのはアメリカ。



    本当にアメリカまで遊びに来た。



    もう一人、同じく一時帰国していた際に、
    1人で飲みに行ったバーカウンターで
    意気投合した女子大生も、
    本当にその数か月後にアメリカに遊びに来た。




    そして2人とも、今でもずっと付き合いが続いている。



    アツシはその当時、ヴィンテージのリーバイス・ジーンズや
    コカ・コーラのノベルティグッズ、
    そして、スターウォーズをはじめとした、
    G.Iジョーや猿の惑星、スタートレックなどのフィギュアを
    仕入れては販売業者に売るというビジネスをしていた。



    そこで、アメリカに住む私に、
    自分の代わりに月に一度、
    ヴィンテージグッズを仕入れて
    日本に送るアルバイトをしないかと持ち掛けてきた。



    私は当時からヴィンテージの食器や家具、
    アクセサリーが大好きだったので、
    二つ返事で引き受けた。

    スターウォーズなどのフィギュアに関しては
    あまり知識もなく、少しずつ学んでいった。



    私の仕事は、月に一度、第2日曜に開催される、
    パサディナという街にある、
    西海岸、いや、全米最大規模のフリーマーケット、
    ローズボール・フリーマーケット
    での、お宝グッズ仕入の仕事。



    早朝5時くらいから開催され、入場料も結構高い。




    夜中にサンディエゴを出発し、西海岸の5号線を走り、
    まだ暗いうちにローズボール球戯場の巨大な駐車場に着き、
    出来るだけゲートに近い場所を確保。


    そう。大量に仕入れるので、巨大な駐車場、
    あっという間に、とてつもない台数の車で埋まっていき、
    へたをすると荷物が運べなくてとんでもないことになってしまう。


    たった一日の開催に合わせて、2万人近い人が訪れる。




    私が仕入れを始めた頃は、
    日本人の姿などほとんどなく、
    リーバイスのヴィンテージ・ジーンズも、
    スターウォーズのフィギュアも
    かなり格安で仕入れることができた。



    毎月足を運ぶようになり、
    業者も私の顔を覚えてくれて、
    レアなグッズが入ると、
    取り置いてくれるようにまでなった。



    私も、だんだんと目利きになっていき、
    どの年代に製造された、どのキャラクターの
    相場がいくらかなど、わかるようになっていった。




    そのうち、日本でもこれらの商品がブームとなり、
    ローズボールでも、日本人の姿をチラホラ見るようになると、
    段々と仕入れ値が上がっていってしまった。



    今思うと、アツシはブームの先駆けを行っていたのだと思う。



    仕入れ値が高騰していくにつれ、
    私のアルバイトも終わりになるのだけど、
    しばらくの間、この仕事をさせてもらった。



    この時のアルバイト料は生活費の大きな部分を占め、
    アツシがいなかったら私の学生生活はかなり緊迫していたと思う。



    なんといっても、外国人留学生は基本的に、
    就労できないことになっていたので、
    隠れてウエイトレスをしたり(当時の時給は3ドル50セント程度)、
    大学の教授のお手伝いをしたりして、
    いろんなところで日銭を稼ぐ日々だった。



    だから私はこの時の恩を忘れない。

    いや、忘れてはいけないと思っている。



    自由人のアツシは、その後も
    波乱万丈な人生を送っている。


    アツシとの思い出はいっぱいある。



    一緒に東京の代々木公園でフリーマーケットをしたり、
    一時帰国した私を出迎えるために、
    わざわざカッコいいスポーツカーのオープンカーを借りてきて、
    神戸の夜の街を走り抜けたり。

    ラスベガスで借金してまでギャンブルして、
    最後にお互い一文無しになって大ゲンカしたり。


    サンディエゴのダウンタウンで、
    アツシが浮浪者と間違えられて、グレイハウンドの
    バスターミナルから係員に追い出されそうに
    なったところを私が間一髪、救出に行ったり。


    私の私生活がぐちゃぐちゃになって、
    当時のボーイフレンドともめにもめていた頃、
    助けを求めて、日本にいるアツシに
    コレクトコールをかけて、
    莫大な請求書に驚いたアツシが、
    電話会社に拝み倒したり・・・・・・。


    2人とも気が強いから、
    電話でもよく大ゲンカしたなぁ。



    私が日本に完全に帰国してからも、
    アツシは国内を転々としていた。


    どこにいるのかわからない時は、
    岸和田に住むお母さん経由で、
    アツシの滞在先を探し出した。




    振り返ると、アツシとの思い出は
    とんでもないエピソードにあふれている。



    お互い、50も過ぎて、と~っても穏やかになった・・・はず。


    少なくとも、アツシは若い頃は国内外、
    放浪の旅に出たり、事業に失敗したりと
    いろんなことがあったけど、今はの世話をしながら、
    穏やかな心境で農園で働いているらしい。



    見た目がヒゲ面でちょっと強面のヒッピーみたいだから、
    アツシが羊の世話をしている姿なんて
    想像したらおかしくて笑ってしまう。



    話が全然ラジオに戻らない。



    このラジオは当時、仕入れのアルバイトを
    していたときに、アツシがくれたラジオ。



    それを言いたかっただけなのに、
    ラジオを眺めていたら、
    はるか望郷の彼方に意識が飛んでしまってた。




    あ~、採点終わってないよ・・・・・・。


    仕事に戻るべ。







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