• 2015.02.12
  •   中村清志 さよなら講演 ~最後にお伝えしたいこと~




    最後の講演会もやはり、
    会場のあちらこちらで
    涙を流す人たちでいっぱいだった。



    中村先生10



    撮影担当の私たち、
    11時過ぎには到着。


    すでに中村先生と受付のスタッフは会場入り。



    受付スタッフの3人は私の1つ後輩で、
    中村先生が教師生活で初めて担任を持った
    クラスなのだという。



    中村先生03



    中村先生が担任だったなんて、うらやましすぎる。



    テッパンの彼女たちと先生との絆に負けじと、
    私たちもこんな愛情表現をしてみる。



    「WE LOVE KIYOSHI」


    中村先生02



    開場まであと1時間。




    まだ人のいない会場を黙って見つめる
    先生の後ろ姿を見ていた。





    中村先生01



    ステージ側から会場を見たのは初めて。





    中村先生の最後の講演会が
    この場所でよかったなぁと思う。


    この、ステージと会場との一体感は、
    県民会館では得られないもの。



    予定より少し早目の1時に開場されるや、
    ロビーで待っていた先生を慕う方々が
    次々に前列へと向かわれる。



    知った顔がたくさん。
    一人一人に声をかけ、
    久しぶりに会った友とは
    短く挨拶を交わす。




    いつものように、飄々とした中村先生が
    ステージ横から登場し、普段と変わらず、
    よどみなく、愛情あふれた話が始まった。



    中村先生05



    中村先生04




    会場のあちこちから、涙を拭く人の姿や、
    鼻をすする人の音が聞こえてきた。



    先生は言う。



    「3.11の前と3.11の後で、
    自分の生き方が全く変わらないのは
    人間として鈍感過ぎる。」




    人はすぐに忘れてしまう。

    だからこそ、3.11を思い出すために、
    先生は震災後の様子をビデオで流し、

    「忘れないために、こうして観なければいけない。」


    と。



    2時間の間には何曲か歌を歌われた。


    歌詞が胸に響く。


    先生の思いが、愛情が、
    歌の歌詞に込められ、
    波動がずんずんと
    身体に入っていく。




    今年度で講演活動が終わりだなんて寂しすぎる。

    追っかけの私は、ときどき先生の講演会に行っては、
    たくさんの気づきをもらい、宝石のような言葉の数々を
    大事に胸に秘めて持ち帰っていた。




    チラシの裏側に、


    「最後にお伝えしたいこと」


    として、中村先生が今までの講演活動で
    話された、大切なお話がたくさん書かれている。


    その中からいくつかご紹介。



    親にできることはほんの少しばかりのこと。
    親は子どもに影響を与えるが、
    その影響の大半は意識的な子育てによるものではなく
    親の存在が避けようもなく与えてしまう影響だ。




    教育次第でどうにでもなると思うのは親の傲慢だ。
    反対に、子供がいけないのは全て自分のせいだと思うのも
    同じように親の思い上がりだ。




    子どもの心の暗闇に触れない。
    子どもには暗闇で育つという部分がある。
    親の目の届かない暗闇をなくしてしまったら
    育たなくなる。




    幼児期の子どもには輝くような時がある。
    そういう子供を抱くときは幸福感で
    震えるような思いがした。
    この幸福感は、将来やってくるであろう
    さまざまな不快感をおぎなって余りある。



    人が不当な目にあったとき、
    最もしてはいけないのは、
    不当な方法で復讐することだ。
    なぜだかわかりますか?
    それは、あなたが最初に受けた不当を、
    だれも不当だと思わなくなるからです。
    それどころか、やっぱりそういう人間だったんだと、
    あなた自身が思われてしまうからです。




    勇気とは震える肩のことだと思った。
    勇気とは泣きそうな声のことだと思った。
    肩を震わせながらも泣きそうな声をしながらも
    誰かを助けようとする人がこの世にいるのだと思った。
    私もいつかあのような震える肩の持ち主になりたいと思った。
    それからの人生、あなたの震える肩が私の生きる支えだった。



    物語るとは、
    生きること死ぬことについて、
    相手の腹に収まるように、
    相手の腑に落ちるように、
    相手が納得できるように、
    相手が次の一歩を踏み出す勇気が出るように、
    話を作ることだ。



    目の前の子どもの姿が全てではない。
    誕生のときから、やがて手を離れるまでを、
    目の前の姿に重ねるなら、
    また別の思いも視点も
    心のゆとりも見つかるに違いない。



    前を向いて歩こう。
    涙がこぼれたっていいじゃないか。
    泣きながら歩く、一人ぼっちだっていいじゃないか。
    幸せはすぐそばに、幸せはほらそこに。



    とっさの判断や、臨機応変に意見が言える能力は、
    生きて来た経験の質とこれまでに読んだ本の量だ。



    私たちに変えることのできるものを変えるだけの勇気を与えてください。
    変えることのできないものは受け入れるだけの冷静さを与えてください。
    そして、私たちに変えることのできるものと、変えることのできないものとを
    識別する知恵を与えてください。






    先生のさよなら講演のお手伝いを
    させてもらえたことに感謝。

    こんな素敵な先生に16歳のときに
    出会えたことに感謝。


    先生を通して今回もまた、
    たくさんのご縁をいただいたことに感謝。


    中村先生08



    中村先生09


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    ありがとうございました。

    このブログを2か月ぐらい前から嫁さんと一緒に毎日拝見しております。 そしたら中村先生の後援会の案内が有りました。  何か面白い校長先生が松江東高校にはいるらしいぞ、歌を歌って聞かせるそうだぞと以前聞いた覚えがありました。 あっ!この先生の事だと思い2人で講演を聴きに行きました。  本当に素晴らしいお話でした。 心が震える2時間でした。まだ、興奮状態でうまく言えませんがこの機会を知らせて頂きましたことにあらためて感謝致します。 

    ありがとうございます!

    みやちゃんさん、

    初めまして。
    奥様と一緒にこのブログを読んでくださっているとのこと、うれしいです。ありがとうございます。

    私がブログに告知をしたことで、そうやって足を運んでいただき、いろんな思いを持ち帰られたとのことをお聞きすると、告知してよかったなぁと思います。

    あの空間であの2時間、お互い知らない同志でも、あの感動を共有できたことがうれしいですし、これも縁ですよね。

    ブログには恥ずかしいことやら、怒ってガンガン毒舌吐くものもありますが(笑)、どうぞ末永く付き合ってやってください。

    もしどこかでお会いすることがあれば、ぜひ声をかけてやってくださいね。

    ありがとうございます。奥様にもよろしくお伝えください。

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    英語講師

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