• 2018.02.17
  •   決断のとき






    K1の入試は無事に終わり。



    県外の高校の通信課程を選び、高校受験をしていない
    K1にとっては、大学受験は初めての大きな受験。



    今回、K1は4校受験し、その結果、
    3校の合格通知をもらったけれど、
    本命だった大学は、残念ながら不合格。



    2016年から始まった文科省による、
    都心の私大合格者数制限で、
    かなり厳しい中での挑戦。



    本命の大学は、入試に手ごたえを
    感じていたらしく、「不合格」の通知を
    受け取ってからはさすがに落ち込んでいた。



    毎晩、夜中の2時、3時に突然、私のところに来ては、




    「眠れない」


    「これからどうしよう」




    本命の大学には行けないけれど、
    他の大学は合格したわけだし、
    すぐにでも入学手続きをしないといけない。



    それでも、本人の気持ちは固まらず。




    「浪人して、もう一度大学選びから全部、
    リセットして挑戦したい。」




    ろ、浪人~!




    いや、せっかく合格した大学は・・・どうすんの?




    そこから何度も話し合いが続く。



    K1と私たち親、



    K1の通うサポート校の講師やアドバイザー、



    みな、できればせっかく合格した大学へ
    行った方がいいのでは・・・との考え。



    けれど、当然ながら決めるのはK1。



    彼の人生なのだから、私たちが無理強いできない。




    これはもう、最後の砦であるK1の恩師、
    コバヤシ先生に登場していただくしかない。




    朝のうちに、合格した大学に速達で
    入学手続きをしなければ
    もう間に合わないという日の前夜




    K1とコバヤシ先生は、夜中まで語り合った。




    結果。





    「K1君の浪人して来年また挑戦したい
    という気持ちは揺るぎませんでした。

    普通であれば、苦しい大学受験勉強を
    またやるより、さっさと合格した大学に
    入学してしまう子の方がほとんどでしょう。

    僕はむしろ、彼のしっかりとした考え、
    純粋な思いに感動して涙が出そうでした。」




    コバヤシ先生というフィルターを通して、
    それでもK1の意志が揺るがないというのであれば、
    これはもう、誰が何といおうと変わることはない。




    K1の人生、K1の意志を尊重してやるしかない。
    親ができることは、そのサポート。




    合格した大学への入学申請の期日当日、
    夫が出勤する直前、K1に最後の確認。




    「今日が締切だぞ。本当にいいんだな。」



    すると、K1は頷き、玄関まで降りて来て、



    「ありがとう」


    とひとこと、夫に言った。




    少し前の私のブログ、K1との別れがつらいと、
    さんざん落ち込んでいたのが、こうして
    もう1年一緒にいることに。何やら可笑しい。



    これからの1年はK1にとっては試練の1年。
    私にとって、たからものの1年。



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  • 2018.02.02
  •   救世主現る






    朝、母親の手術が始まって少ししてから、
    東京にいるK1から電話が。



    「大変だ。もう試験に間に合わん!」



    えぇぇぇ~!  

     


    聞くと、念のために早めに電車に乗って
    大学に向かったのだけど、電車を降りて
    Googleを使って大学を探していたところ、
    スマホの誤作動で違う方向へ誘導され・・・



    入学試験開始まであと20分。




    恐れていた事態だ・・・・・・




    「タクシーでもなんでもいいから乗って行きなさい」




    「タクシーなんか走ってない!もうだめだ。」



    そう言った途端、電話がプツンと切れ・・・



    K1も焦ってるだろうけど、私も目の前真っ暗。



    何といっても今日受験する大学がK1の本命。




    数分後、また電話がかかってきた。




    「間に合いそうだわ」



    そう言って、またも電話がプツンと切れた。




    その後は私の方は手術室の前で待機したり、
    術後は医者の説明を聞いたりとバタバタしていたら、
    夕方、K1と連絡をとった夫からそのプツンのあと、
    K1がどうなったのかを聞かされた。



    なんでも、私と電話で話した直後、
    偶然にも1台のタクシーが通りかかったと。



    K1の迷い込んだ道は、タクシーなど
    通りそうもない場所だったらしい。




    何という幸運。




    K1は恐らく、タクシーを見てすぐに
    私との電話を切って乗り込んだのだろう。




    タクシーの運転手に感謝、感謝。


    よくぞ現れてくれました。



    無事に大学に到着し、受験。




    夜、再度母親の様子を見に病院へ。



    インフルエンザが猛威を振るう中、
    病院のあちこちに大きなサインが。



    面会は家族のみ
    院内ではマスク着用



    なので、病院内へ入ると、ほぼほぼ
    全員がマスク着用している。
    見舞客も、医者も看護師も、事務員も。



    なんか異質な感じ。



    病室に入ると、ちょうど母の世話をしていた
    看護師さんに見おぼえが。




    先週ワインの店で一緒に飲んだ方だわ。




    これまたなんという偶然。




    まだ麻酔の影響が残る母は
    ろれつが回らず何を言っているのかわからない。


    一瞬、私のことがわかってないような
    そぶりを見せたので、ゾッとして、




    「ボケたんじゃないよね、まさか」



    母に言ったらものすごく嫌な顔をされた。


    どうやらボケてはないらしい。




    病院を出て帰宅しようと9号線へ
    向かおうとしたところ、
    大通りの交差点が大渋滞。



    あり得ないくらい、車が動かない。




    そう言えば、病院へ向かうとき、
    反対車線沿いの吉野家のドライブスルーに
    何台も車が順番待ちしていて、
    後続車がどんどん増えてってたなと思い出した。



    しかしいくらなんでもまさか
    その渋滞が続いているわけじゃ・・・・・・



    そのまさかだった。




    地元読者さんは思い浮かべて欲しい。



    9号線の吉野家から、プラバホールの
    交差点まで、大渋滞で車が動かない状況を。



    もうね、道路は大混乱。



    私は来るときに見た吉野家前の光景を思い出し、
    迂回して帰宅したけれど、知らない運転手たちは
    あのまま9号線を西に向かって・・・想像しただけでかわいそう。




    帰宅してからネットで、それが
    ソフトバンクのキャンペーン、
    契約者全員に、牛丼1杯無料のせいだと知った。



    たかが牛丼1杯無料のために、
    エンジンふかし続けて大行列で
    延々とガソリンを消費して。



    結局損してるわ。




    ソフトバンクよ、こんな迷惑な
    キャンペーンは今すぐやめてくれ。



    ネットで検索したら、どうやら今月は
    毎週金曜日にこのキャンペーンがあるらしい。



    皆さん、くれぐれも夕方あの近辺を通らないように。















  • 2018.01.30
  •   旅立ちまでのカウントダウン






    K1は早朝、列車に乗って1人、東京へ。


    明日から6日間、東京のホテルへ滞在しながら、
    いくつかの大学の入学試験を受ける。



    東京の地理がさっぱりわからない私には、
    K1が一人で電車を乗り継ぎながら
    東京のあちこちを移動するだけでただ、驚き。



    まあ、中学2年生、3年生と、東京へは
    2度も一人旅をしているし、夫も
    転勤族の家庭に育ち、子ども時代は
    ほとんど東京、埼玉に住んでいたので、
    今回の大学選びやホテル、移動方法など、
    私は蚊帳の外で、夫とK1で話が進んでいた。




    さっき、


    「明日の朝、電話で起こして」


    と、K1から電話。
    明日の朝はK2の受験もある。




    それにしても心配なのは天候。



    東京じゃあちょっと雪が降っただけで
    機能が停止してしまうので、
    雪でダイヤが乱れたりしたら、
    K1は自分で対応できるのかと、
    そればかりが気になってしまう。




    自分の時はどうだったかと振り返ると・・・




    アメリカでの最初の留学先の大学はユタ州にあった。



    日本からロサンジェルス空港に降り立ち、
    そこから国内線でユタ州まで行く予定だったのが、
    到着したその日には飛行機が飛んでいないことがわかり、
    急きょ、空港で出会った人のツテで、
    空港近くのホテルに泊まることに。


    翌朝、ユタへ向けて飛行機に乗り、無事に
    ソルトレイクの空港へ降り立ったはいいけれど、
    今度はそこから目的の大学のある小さな町まで
    長距離バスに乗らなければならない。



    初めての国、初めての土地で、
    どこになにがあるのか全く見当がつかない。



    取りあえずはまた、空港近くのホテルにチェックイン。
    部屋に荷物を置いて、ホテル近くのレストランに入る。



    そこでなぜか私は、メロンを注文した。



    今でも、覚えている。



    だけど、なんでメロンを注文したのか。
    別に、好物でもなんでもないのに。



    で、食べ終わって店を出て、
    長距離バスのターミナルを探すと、
    なんとなんと、目的の田舎町を通過する
    バスがもうすぐ出発することがわかり。



    慌ててホテルのカウンターで、
    宿泊のキャンセルをして、その日のうちに
    バスに乗ることができたのだった。



    ちなみにこの当時、私の英語は
    当然ながらカタコト英語。



    このあと無事に目的地に着いたのだから、
    なんとか英語が通じたんだろうけど。




    それにしてもこれから留学生活が始まるというのに、
    なんとも大雑把な計画だったこと。



    今のようにネットもない時代だから、
    自分でその場、その場の状況で
    決断していくしかなかった。



    30年以上たった今でも、あの時の
    心細さや、食べたもの、長距離バスから
    降り立った真夜中の田舎町の空気感、
    みんなはっきりと思い出せる。



    私の冒険の始まりだったあの日。




    K1も私の年齢になったころ、
    東京をあちこちと一人で移動し、
    受験を終えてはホテルに帰り、
    また次の大学へ・・・この6日間を
    ハッキリと思い出すだろうなぁ。



    K1の旅立ちカウントダウン。






  • 2016.03.17
  •   成長







    K1が中学生の頃。



    思春期を迎え、荒れるK1のことを話すと、
    男の子を持つ友人たちが口を揃えて、




    「高校生くらいになると、ガラッと変わって

    優しくなるよ~」




    渦中にいるときは、そんな時が
    くるかしらと思っていたけど。




    近頃のK1は本当に見違えるくらい落ち着いてきた。




    昨晩、夫が何やらコソコソ話がしたいらしく、
    台所にいた私に近づいてきた。



    「今な、K1が、『高校に行かせてくれて
    ありがとう』って言ってきたわ」




    あの、大荒れに荒れていた時とは別人。

    色んな人との繋がりの中で、
    子どもたちは成長していっている。





    で。





    今はK2が思春期爆走中。





    悪態の数々、
    難癖の数々。





    起床時から怒りまくっている。




    また忍耐が試される時がやって来た。


  • 2016.01.08
  •   16歳



    K1は無事、誕生日を迎え、めでたく16歳に。



    あっという間に大きくなった。




    一緒に外食もしてくれなくなり、
    当たり前だけど、頭もなでさせてくれない。





    生まれてしばらくは、毎晩10分おきに起きるような子で、
    私がピタッと寄り添っていないとすぐに大泣き。


    お腹の上に乗せたまま朝を迎えたり、
    ロッキングチェアで一晩中
    一緒に揺れながら寝たり。



    よく病院のお世話にもなった。



    小学校では学校や保護者に
    頭を下げに行ったことも。


    教育センターや、市教委に
    何度も何度も直談判しに行ったり。



    給食にも手をつけず、クラスに入れず、
    校長にお願いして、毎日お弁当を
    2人分作り、私と2人きりで小さな部屋で
    お昼ご飯を食べていた1、2年生の頃。



    その後、新しく赴任して来られた
    小林先生との出会いがK1の人生だけでなく、
    私たちの人生にも大きな変化を与えた。


    その後のK1の人生にはたくさんの
    ミラクルがやってきた。



    先生たちが涙した、感動の卒業式。


    ☆過去記事はこちら



    中学2年生の時の一人旅。


    ☆過去記事はこちら


    中学3年間は孤独の中、
    誰とも言葉を交わすことなく、
    それでも、文庫本を1冊、
    学生服のポケットに忍ばせ、
    居場所のない中学に毎日登校した。


    いろんなことがあったけど、
    振り返るとあっという間の16年。



    息子03



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    Author:My Serendipity
    英語講師

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